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6/27セッション




 例えばの話


  自分が中学くらいで、事故で体が不自由になり車椅子の生活のなったとする。

  学校の教室移動で階段を自分では上がれない。

  同級生に車椅子を抱えてもらって階段を上がらせてもらう。

  その時、車椅子を抱えてくれた友達になんて言う?


  私の答え「ありがとう」と言う。

  他のメンバーと私だけが違うことに脂汗。

  言っちゃったものは口の中にもどらない。 

  自分の体が不自由になってしまったという受け入れがたい現実に葛藤する
  人の手を借りなければならない悔しさ・申し訳なさ

  などのプロセスがないということだった。

  子どものころに助けてと言いたくても言えず誰も助けてくれなかったトラウマから 一部だけの切り取りが起こっている

  助けようとしない他者あるいは自分に対する嫌悪感・憎悪・罪悪感

  助けてもらうのが当たり前(私なら当たり前にするのだから)

  気づいてくれるのが当たり前(それなのに私は気づいてもらえなかった)

  
  なんで私はそこに飛んだのだろう。

  自分を壊してまでも知らしめたい感覚。

  理由らしきものが自分の中にいくつか浮かんでくる。

  とりあえず思いつくものを


  ①
  今の仕事では車椅子の介助が日常。

  「こんなこともできないなんて情けない。申し訳ない」

  この言葉も日常的に聞く。

  そう言ってナースコールを押さず自分で行こうとする患者は少なくない。

  その結果転んでしまうリスクが高い 黄色信号の言葉。

  まともに傾聴しようとすると話に巻き込まれることも。

  次の業務に支障をきたすためある程度聞き流す。

  非常に面倒で有難迷惑な発言なのだ。

  「ありがとう」と受け入れていただけるほうが都合がいいし気持ちがいい。

  我ながら人でなしだと思うけど。

  受け取り方が変わることもあるかもしれないけどこれが今の私の正直な気持ち。
  

  


  ②
  申し訳ないという気持ちはわからなくはない。でもそれを言いたくなかった。

  昔 母親が機嫌を損ねて私に言った言葉に重なる。

  「こんな私でごめんなさい。私が悪いのね。そういうことでしょ。どうせ私なんかいらないのね」

  私から拒絶されたと訴える母。 

  私は何も言えなくなったことを憶えている。

  もしも

  ごめんなさい あるいはそんなことはないと、言ったところで決して母は受け入れなかっただろう。

  何も言えず 悔しくて、無力な自分を思い知らされ続けたような気がする。

  嘘くさい。申し訳ないなんて思ってないくせに。

  そんなことを平気で言えた母に対して嫌悪感がある。

  私はその言葉を言うものか。


 
時間切れ~
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脂身からみえるもの


     
           自分の生きづらさ 

                と

           子どもの問題




 肉の脂身はどっちだろう。 
 いったいどっちのつもりだったのか。


どっちだったとしても、私が不自由であったことに違いはありません。

脂身は私の不自由の象徴。

自分をないがしろにする行為だけど、私が子どものころは

自分を守るために それをする必要と旨みがありました。

だからバランスが取れていたんだと思います。

私と母の間だけ。
 

本心を 言えない、言わない、曖昧にする、感じていることもわからない

それは自分をないがしろにする行為です。

それを続けることが意味をなさないことに気づかず、

こんなに長い時間がたっていました。





4月8日

私の不自由について。



好きなものを好きと言えない、
嫌なことを嫌って言えない。

好き嫌いを自由に言う

そんな些細なことができないまま当たり前に生きていたことが私の不自由であり、障害。


肉が好きなのに好きと言えなかった。

そのままを言えなくてごまかしたくて仕方がなかった。

脂身が嫌いとか、鳥皮が嫌いと声を大にして言ってたから、

人は私のことを、肉嫌いと思ってたんだって。

そんなやりとりはこれまでのセッションで何回かあって

そのたび私は肉嫌いなんて言ってないのに~、そんなこと言ってないのに、なんでわからないの?

全然わかってもらえない!って思ってました








コップの中の嵐

引き続き225振り返りです


2月末 次男高校に合格しました。



2月25日のKmちゃんとのトリプルの時に
きんたろうさんに「次男のことで調子に乗っとる、長男ほったらかし」
りんりんさんに「次男と母が受験に奔走しているのを見て、長男はどんな気持ちでおるんやろうね」
と痛いところを指摘されて

次男のことを喜んではいけないという考えにとらわれました。

次男のことをぬけぬけと
きんたろうさんとりんりんさんにすぐに知らせたならば、また調子に乗ってると言われるに決まってる
…天から降ってくる声で身動きできなくなりました。
天の声は私の第三者委員会です。

「どんな時も子どもを平等にみとかないかん」きんたろうさんは言いました。
でも
長男に目を向けるということは、次男から目を背けるということになってしまうという私の現実。
バランス感覚というものが狂っているとしか考えられない。
平等に扱うということを、私はこんなに捻じ曲げてしまう。

次男の合格のことをきんたろうさんに言えなくてあれこれ考えているうちに
次男の受験までの間に限らず、長男と私がどんなやりとりをしてきたか
セッションで全く言ったことがないことに気づきました。
言ってはならないストップがかかってるのでしょう。伝えることを避け続けている。

長男の寂しさを思ったこともあったはず。
長男と過ごした大切な時間もあったはずなのに
思ったこともやったことも、全て無駄なものとして埋めて隠してしまっているのではないか。
・・・・・本当はそれこそが、私が子どもたちをスルーしていることそのものではないのか。
どうせ私がやることなんかウソだし無駄だ、天の声がそう言うし。
きんたろうさんにだって そんなもの!ってどうせ言われるに決まっている…と妄想が始まりました。

言う前にすでに自分でダメを決めて自虐に走っているくせに
わかってくれないと言っては敵を作って責め立てたくて仕方ない・・・・・
こんなのどこまでいってもどん詰まりです。
がんばったこともがんばらなかったことも、全てをぐしゃぐしゃにして
はっきりさせずにどうせ自分はダメだと言ってるのが、楽。
間違っても大丈夫だからいいじゃない!思ったことを言ってみればいい!って頭でわかっていてもできませんでした。

きんたろうさんとりんりんさんの言葉に自分で作っている天の声を被せ
て増幅しました。
そんでセッションで
うるさい!って言いました。

きんたろうさんの言ってることに心の中で 「決めつけんな!」と憤りました。
きんたろうさんは私のそのままを言っただけだと思います。
でもそれも、いやそれが我慢なりませんでした。


わかってるよ
だまれ
うるさい


セッションから3~4日の間
 「今までもこれからもやろうとすることは全くの無駄、嘘だ」
 「そらみたことか」「みじめだな」「恥ずかしいものだ」
 「おまえなんかが何かをできると思っているのか、図々しい」
口汚くののしる天の声が降り続きました。


4~6日天の声は小さくなり、私はあの時怒りたかったのではないか  と感じました。
今はまだ終わったことと思えません。
整理の途中ですが、こんなにエネルギーを使いぐったりする行為を続けていることは
つくづく因果なものだと思います。

225振り返り

目標

Kmちゃんと振り返りを続けていきます

トリプルセッションは他のメンバーさんと私との共通体験

Kmちゃんとあの日一緒にいた記憶を、忘れないよう持ち続けようと思います

振り返ることで互いのずれや一致したところを探していきます

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