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姉ちゃんのこと。 ②

私の問いに対して

「なんで?そんなことあるわけないやろ。なんでそんな必要があるの??」

さも不思議そうに、しかし語気は強く姉は言い切った。

ただの一度も母親に迎えに来てもらった記憶はないという。

それが事実そうなのか、今はもう確かめようがない。

小一の子が一人で電車に乗って学校に通うなんて

普通のことではなかったはず。

家庭の事情で普通ならしなくてもいいことを、当たり前のように遂行してきた姉。

友達と放課後遊ぶ約束もできない環境だ。

姉は 一人で田んぼの端に座り本を読んだり、れんげを編んだりしていたという。

寂しかったけど仕方ない。それが当たり前だったと無表情に棒読み口調で姉はいう。

母親は姉のことを心配したり励ましたりするどころか

できて当たり前のように扱っていただろう。自分の不幸が一番だから。

「母親が来なかったのは当たり前」

そう思うことで、姉が本来感じるはずだった心のダメージは麻痺するかもしれない。

小さな姉は自分の心を守るために編み出した世界で精一杯耐えてきたのだろう。

本当の気持ちは誰にもわかってもらえないまま、自分でも感じないまま。

それがどんなに重さを持っていたのか

姉自身にさえわからないままに長い間。

私も姉と同じように失い続けてきた。

私たち姉妹の喪失の大きさ、哀しさ、悔しさを思うとたまらなくなった。



そんな話を姉とした後、姉からLINEがきた。

姉が小学校に上がる前に父が駅までの道、切符の買い方などを教えてくれたのを思い出したという。

姉の記憶の中に母親との思い出がなかった。予想はしていたが、やはり残念だった。

姉にとって、大切だったのは父との小さな思い出だった。

父から大事にしてもらった、愛情深く見てもらえた記憶があったのだ。

父はきっと母のメンツをつぶさぬように

控えめに振る舞いながら姉に目をかけていたことだろう。


姉がなぜ駅の跡に家を建てたのか

一年を経てようやく納得できた。

姉があの場所に執着するのは理由があるということ、

それは偶然ではないという確信を得て。


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姉ちゃんのこと。 

私が小学校に上がる直前までのこと。

私の一家は、祖母家から出て別居して
折り合いの悪かった母の意向で隣町に住んでいた。

そのため私の姉は小学校入学時から4年生まで小さな電車に乗って通学していた。

どうせいつかばあちゃんちに戻るから、転校しなくていいように、という理由だったと思う。

40数年後の現在 その路線は廃線となって久しい。

去年のこと、姉はその駅の跡地に土地を買い、家を建てた。

姉にはもちろん、私にも思い出深い大切な場所だ。

しかし姉の思い入れは私のものとは重さが違う感じがした。

なぜ姉があの場所にこだわるのか、私はこの一年ぼんやりと考え続けていた。

もしかするとそこに、母との大事な記憶があるのだろうか。

私たちの母に期待することは無駄に違いないとは思いながらも

せめて、ほんの少しでもいいから、そんな記憶が姉にあることを願った。

そうでなければ、あの場所に居続けようとする姉が哀しすぎる気がした。

もしかして

母親は姉ちゃんを時々でもお迎えに行ってあげたのかもしれない。

雨の日や風の日。

小さな子どもには荷が重い日もある。

まだ小さな姉を、駅までお迎えに。

そして今回帰省して姉とゆっくり話す時間があり、そのことを聞いてみることができた。



続く


母とのやりとり

 母に会いに行きました。



母親がびっくりするようなことを言ってのけた。

母的には満を持しての告白であるかのように。

思わずずっこけるような衝撃の告白(;゚Д゚)



  母「あんたを一回だけ叩いたことがある」

  私「え???一回てうそやろ、一回て?信じられん。まじか。一回はないやろ(゚△゚;ノ)ノ」

  母「なんがお母さんがあんたをそんなに叩くことがあろうかね。虐待でもしよったばしのごと」

  私(おさえておさえて)「なんで叩いたのか、おぼえとう?」

  母「あれはあんたが中学生くらいやったかねえ。暗くなってもおそ~くまで帰ってこんで。
    誰とどこで何をしよるのか、聞いてもな~んも言わんで。
    ふてくされたような態度で・・・・・」

  私「んん?ふてくされた態度って?
    ちょっと聞くけど私、何かよそ様で悪事を働きましたか?
  横っ面をたたかれないかんほどのよくないことをしましたか?


  母「してないよ。あんたの態度のことをいいよる」
  
  私「私の態度に腹が立ったから叩いたということやね?」

  母「・・・・・」

  私「私言いたくなかったからな。その時言わなかったんじゃなく言えなかったんじゃないの?
    自分のしてたこと不思議じゃないんやね?」

  母「はいはい、あんたはそう思ったんやね。子どものことを思わん親はおらんとに。(溜息)
    お母さんの聞き方が悪かったちゃねえ。 悪かったねえ。でももう過ぎたことやから。
    どうせこのばあさんはもう先もないから、あんたはしっかり生きていけばいいやろう。
    (慈愛たっぷりにキメ)
    あんたの言いようことはわかった。でもあんたとはなんでか話がかみ合わん。
    意味がわからん。なんでそんなひがんだような取り方をするのか」





あんたに身体的虐待を受けたとは、そら~私は言わん。ないものはない。

母の中に何一つ証拠は残っていない。
自分は悪くない、母がそう思っていてもあきれるほどに不思議ではない。

私は長い間、おかしいと思いながらも、説明しようとすればするほどに迷宮に入るほかなかった。

母の記憶の操作、やり口。

かみ合わないって言いたいのはずっと私の方だった。
でも言っても無駄。

母はわからない。母は動かない。

母は私を見ていなかった。








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