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ずっと怖かったんです・続き

体験したことのショックはもちろんですが

自分のことも、人のことも見ることができない

他ならぬ 私が招いたこの状況を、

どう受け止めてよいかわからなかった。

そして、

誰にもわかってもらえるはずがない

わかってもらう資格が私にはない

こんな私が

ぬけぬけと「つらい」などと言ってよいわけがない・・・。

ひそかにわかってもらえないと一人で勝手に諦めながら、実は

私こそが  何もわかろうとはしていない。

約一年のタイムラグを経て、ようやく痛みが耐えられなくなってネを上げた・・・そんな感じ。



わかろうとすること、理解しようとすることには、

意思決定が必要だったのではないかと思います。

どう受け止めてよいかわからないと言ってしまうことは、

思考停止だと感じていたけれど、

「決められない自分」が、理解することを妨げている。

私にとって、「理解できるということ、わかるということ」は

思い上がりであり、傲慢な考え方でしかありませんでした。

無知の知を以て、人は知ることに誠実であることができる、と真剣に考えてきました。



おそらく、母親に向けるはずだった思い。

私のことなんか、ちょっともわかってないくせに、

何でも知ってるつもりで疑わない母を見続ける残念な気持ち・・・

わからなくってもいいから、せめて、わかろうとして欲しかった。

それだけでもよかった。ほんのちょっぴりでいいから!



そして私は、

わかってないのにわかる、と言ってしまうかもしれない自分を怖れ、

わかろうとする意思決定もできないまま、「わからない」と逃げ続けて、

挙句・・・

かけがえのない人を傷つけてきました。













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ずっと怖かったんです

今のうちの状況は、長男次男二人とも家にいて、

全然、びくとも、動けてません。

それでも、

どん底だった去年の今頃と比べると

3人でご飯を食べたり、

一緒にテレビを観たり、

時々つまらないことで一緒に笑ったり、

そんな時間が ひとつひとつ、感じられるようになりました。


去年の2月から一年、

家の中でちょっと大きめの物音、ガッタ~ン!とか音がすると、

戦慄が走り、一回固まってから、

びくびくしながら息子たちの無事を確認しに行く、そういう状態が続いています。

怖いです。

怯えて、いてもたってもいられない思いになることもあります。

言ってもいいかな・・・

この一年の間、ずっと怖くて怖くてたまらなかったんです。



二番が一番で、一番が二番かもしれない

前回の記事で、

私はいつも2番を選ぶ傾向がある
と書いたのだけど、いまいちしっくりきませんでした(・。・;
選んだあとで後悔するわけでもない。
一方で いつまでも、もじゃもじゃと考え続けている・・・

ムム、そうじゃなくて、もっと面倒なんじゃ・・・・?


私は、1番を選ばない。
      決定できない。
      発生する(かもしれない)責任を避けたい。
      自分の希望や方向性を明らかにすることで、嫌なことが起こるとビクビクしている?
      
私は2番を選ぼうとする。
      人の顔色を窺っている。
      それに対して、どうでもいい?扱いができる。
        ~ほしかったのじゃないも~ん!
      
      言い訳ができる。
        ~それ自分の意思じゃなかったから、。
        ~やりたくなかったことを、やってやった!と心中でつぶやける。
      そんなに嬉しそうな顔をしてみせなくてもいい。
         ~嬉しい、悔しいの感情を出さなくていい。
      自己評価を低くできる。


どんな時?
高校受験のとき、志望校を決定するとき・・・
大学受験のとき、
就職先を決めるとき、
、他多数

最近では
実習で、希望する受け持ち患者の決定(実習生の頭数の患者の中から選ぶことが多い)
そして就職先。


そして本当は・・・
私が選ぶものは、はじめから二番と名づけると決まっている。
一番だろうと二番だろうと、どっちだってよかったんです。

そもそも選んでないのだから!!
選ぶことをしたくなかったのだから、一番も二番もない。
選んだものを二番にすることで、責任を逃れ、がんばらないふりもできる。
やった~!とか言わなくっていい。
「私なんかだめでございます~」て堂々と言えるし!

選ぶものはいつも2番であることにする、という癖でやってきたと考えられます。
2番と呼びながら、ほんとは1番かも、そんな例外は無論許してはおりません。

ようやく最近になって、そのことに苦しさを感じ始めまして・・・。
毎日の中で、他の人って私よりな~んか自由だな、
なんでそんなに屈託なく決められるんだ?
と感じることがいっぱいあって、
はじめはその自由さを小馬鹿にしていた(-_-;)けれど、(←図々しい!)
だんだんうらやましくなって、自分が必死でやってることが虚しくなってきたみたいです・・・
なんてがっかりな私

結論
私は自分を 大切にしないように、しないように、それは必死で生きてきました。
そこまでするかっていう膨大なエネルギーを感じます

大切にするポイントがズレてる・・・(@_@;)
マジ疲れます。


苦し紛れに決めていた~

意思決定が苦手です。

それでも

どうしょうもなく選択を迫られたとき、

特に 

好きなものをえらんでいいよ!っていう状況、やりたいことをやってごらん!

っていう状況において、自分がどんな傾向があるか考えてみたところ


一番欲しいもの・一番やりたいこと・一番好きなもの

などなど、一番を避けて

二番かな?ってものや、

他の人が嫌がるものや避けるもの(←ここ、私のポイント(-_-;))

・・・・・・を選んでしまう傾向があるようです。

そうやって 自ら苦労をしょい込み 後悔を抱いていることに、

一体 何がしたいのだろうと 目が点になる出来事がありました。

苦し紛れに向かう方向は 常に更なる苦難です。

諦めの極致、諦念の極北が、私の安全地帯なのだとしたら、ずいぶん難儀なものです。

だれも幸せにはならんのに、なんのためにこんなことしてきたのかと、唖然とします。

もうこのくらいで勘弁してやりたいと、思います。

もうきっついよおお~!

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