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母との旅行

先月の縦割りの時に母と行った箱根旅行のことを話した。

長い間スッポリ忘れていた記憶だ。

私はあの旅行、楽しかったのだと思う。

順番はよく覚えてないけど、新幹線で東京に行き、東京観光〜箱根富士五湖方面〜日光を回ったような記憶がある。
母は私を新宿末廣亭という寄席に連れて行ってくれた。
私は学校の図書室で借りた古典落語の本に小学四年のときハマって、母に頼んで全巻買ってもらった。

そんなこともあってか母は私を本物の寄席に連れていこうと思ったのだと思う。
トリは昭和の大名人古今亭志ん生の怪談、牡丹灯籠だったような。
母は私を楽しませようと思って寄席のチケットを取ってくれてたのかな。
母はおぼえているだろうか。


私の中では家族旅行はいつもビクビクの針のむしろだった。
でもその時の母との旅行は違っていたのかもしれないとセッションの後思うようになった。

箱根も日光も東京でも、安心できる時間がいつもよりたくさんあったみたい。
でも、
楽しかったはずの思い出を、どうしたらよいのかずっと持て余して悶々とする自分もいるのだ。
旅行から帰った日常はそれまでと変わらず、母を独り占めした旅行でいい気になってたとこから突き落とされたような気がしたからかな。


それでも

   あの時は楽しかった

そんな簡単な一言でいいのに。
その時の楽しさは本当だったろうに。

そんなんじゃ終わらない!収まらない気持ちが大きい。

楽しいかった
なんてオソロシイ言葉を口に出したら
こんなに大変な自分の不幸がその一言で嘘になる、みたいな。
私の人生は全て悲惨な成分でできているのだから。

今もそう思いたい、ずっとそうしていたいのだ私は。
自分の状態、子どもたちのひどい状態をみるに、 そうとしか考えられない。


それを訴え続けたいために、楽しかったことをなかったことにしなければならない。

私が私の子どもと楽しい思い出を持っているはずがない。
子どもたちもそう思っている。

私は私の子どもたちに私と同じ気持ちをわかってほしくて、わからせたくて、

楽しい記憶を楽しかったと言えないようにのしかかり巻き込んできたのだと思う。

子どもたちが私から巻き込まれることから逃げる道がない立場であることを
私はイヤというほどわかっていたはずなのに、自分はやらないやってないと自信満々に
より複雑にやっていた。


だいたい
楽しい=オソロシイ
なんて普通おかしい。
しかし私にはそれが当たり前だった。心からそう思ってきた。
それは私の変さの片鱗だろう。

でもこれじゃ苦しい。このまま時間だけが過ぎていくのは。それこそが悲惨なことだ。


まだ間に合うならば
言ってみようかな。

あの時お母さんと一緒に行った旅行は楽しかった。

だからまた行きたかった。
私も子どもたちと一緒に行ってみたかった。


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あいちん′

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