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普通ということ考

普通の感覚を持っている人は
私の心の微妙な状態なんか読み取らないばかりか
それに影響されてまきこまれることはないのだな。
今日も職場のスタッフはよくも悪くもいつもと変わらない。

変わらずに私に接してくる他人。
ずけずけとそりゃ無神経に(笑)

でもそのことが、今日は私にとって安心だった。
こんなのを普通に扱ってもらってるって思うのは飛躍だろうか。


一方
私の子どもたちは
私の様子がおかしくなっていると
わずかな兆候を察知する。
私が子どものころから母にアンテナを立て続けていたように。


なぜ私がおかしくなっているのかという理由を
自分の中をひっくりかえしてさがす。

自分が何かしたのか
何か言ったのか
過去自分のしてきたことを洗いなおす。
追及の手を緩めることはない。
必死で自分のささやかなちっぽけな罪を暴き立て
裁きの白州に引きずりだそうとする。


普通の感覚を持っている人は
普通の愛情を受けて育った人は

そんな大変なことは
しないんだな。
しなくても生きていけるんだな。
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メメントモリ~死を忘れない



私をこんなことにしておきながら

いけしゃあしゃあと被害者面して

私を縛っていることにも気づかずに

しれーっと生きている母親の存在が

ずっと頭の中から消えることがなかった。

母親を許せない、うらめしいと思いながらも

私は母から目をそらすことをしなかった。

それは母の願いをかなえることだったのに。

目をそらすという選択もあったかもしれないのに 私はしなかった。


なぜそんなことをしてきたのか

それは  被害者意識が私をやっと生かしてきたから。

歪んでいたとしても それが私の生きる力だったから。

私が被害者になるためには

私が生きるためには

母親を必要としたから。

私が被害者意識と引き換えにしたものは  意思だったのか。

そうであるならば

誰にも知られず 犬死にしてしまった私の意思を

成仏できないで野晒しになっていた自分の意思の亡骸を

私の手で

その骨を拾って弔っていきたい。



どこにも受け取る相手のいない 空しいばかりの訴えを終わらせて

何物とも引き換えにしない 意思を持って生きるために。






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あいちん′

Author:あいちん′

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